商工中金は中期経営計画の強化分野として「S・E・T」を掲げた。
それぞれS=スタートアップ支援、E=サステナブル経営支援、T=事業再生支援となっている。
新型コロナウイルス禍を機に社会は大きな変化の時を迎えた。新たな技術や価値観の創出を求められる現代において産業の基盤であり、
未来の礎である中小企業をサポートする商工中金の取り組みを紹介する。

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旅館経営者と変化を乗り越えるマーケティングをともに考える

人手不足、新型コロナウイルス禍など、多くの経営課題に直面している旅館業。インバウンドに復活の兆しがある現在、地域経済を支える主要なプレーヤーとしてその活躍が期待されている一方で、中小企業としていかに経営を改善していくかが問われている。そこでサポートに乗り出したのが商工中金。熊本県南小国町の黒川温泉観光旅館協同組合メンバーを対象に、昨年3回にわたって財務とマーケティングをテーマとしたセミナーを開いた。商工中金が協同組合を対象に“業種に応じたセミナー”を開くのは、これが初めてだった。

中小企業を変化に強くする

レポートに独自の視点や新戦略

音成 貴道 氏
黒川温泉観光旅館協同組合 代表理事
音成 貴道

合計30の旅館を経営する25人のオーナーで形成する黒川温泉観光旅館協同組合は、設立して60年を超える。歴史を積み重ねた結果、最近では3代目に当たる人材が次第に各旅館の経営に携わり始めたところ。九州でも有名な秘湯の1つとして、インバウンドの観光客をはじめコロナ禍前は多くの観光客がひっきりなしに訪れていた。

各組合員とも多忙な中、特に忙しく働く旅館の若手経営者がなかなか経営を勉強する機会を得られないことを課題に感じていたのが、協同組合の音成貴道代表理事。自身はしばらく外に出て違う仕事を経験し、例えば「損益分岐点分析とは何か」といった財務知識も持っていた音成氏は、黒川温泉の将来を担う若手たちも経営を学ぶ機会が必要ではないかと感じていた。

音成 貴道 氏
黒川温泉観光旅館協同組合 代表理事
音成 貴道

そんな時、2021年秋に同組合を訪れたのが、商工中金熊本支店の伊藤氏。最初に話をしたときは「普通の印象」(音成氏)しかなかったが、その後で伊藤氏が黒川温泉の課題をまとめたレポートを見て考えを改めた。「事実を調べてまとめただけでなく、そこに自分でも考えていたが口にはしていなかった視点や、新しい戦略が書かれていたのが印象に残りました」と、音成氏は話す。そこで伊藤氏に頼んだのが勉強会の開催。全国組織である商工中金にはホテル旅館業界に詳しい人材もいると聞き、ぜひ実例も含めてセミナーを開催してほしいと相談した。

泊食分離へレストラン新設を検討

後藤 麻友 氏
「旅館 山河」若女将
後藤 麻友
穴井 実沙 氏
「お宿のし湯」若女将
穴井 実沙

実際にセミナー開催にこぎつけたのは2022年6月。財務と旅館業ならではのマーケティングという2つのテーマについて、9月まで3回に分けて3時間ずつセミナーを開催した。特に40代の若手を中心に、多い時には15人ほどが参加した。

穴井 実沙 氏
「お宿のし湯」若女将
穴井 実沙

最近、本格的に経営を学び始めたという「お宿のし湯」の若女将、穴井実沙氏は、旅館向けのセミナーと聞いてぜひ受講したいと考えた。会計の初歩から予算の立て方、分析について学んだことを生かし、これから自社の経営計画書を作ろうと考えている。協同組合の研修部を担当している「旅館 山河」の若女将、後藤麻友氏も「家業を継ぐに当たって自社の経営の特徴を理解したい」と考えてセミナーに参加。観光のトレンドだけでなく財務面からも考えるきっかけとなり、さっそく季節に合わせた料金設定などに知識を生かしている。「参加者の中にはためになったという人も、難しくてパンクしそうだという人もいましたが、こうした視点が大事だという気づきのきっかけになったと思います」と音成氏は満足そうに話す。

後藤 麻友 氏
「旅館 山河」若女将
後藤 麻友

セミナーだけにとどまらず、協同組合ではこれからさらに商工中金との協力関係を広げていくことも考えているという。音成氏が検討しているのは、黒川温泉共通のレストランの開設とそれに伴う「泊食分離」の実施だ。旅館業の大きな課題の中には人手不足もある。地域で連携して黒川温泉ならではの食事を提供できる施設を作ることができれば、各旅館の抱えるそうした課題の緩和にも役立つだろう。「組合員の中にはまたマーケティングの話を聞きたいという声もあります。これからも商工中金とはいろいろな面でお付き合いしていければと考えています」と音成氏は話している。

写真1
【写真1】打ち合わせを行う音成氏と商工中金の染川氏・伊藤氏。
【写真2】黒川温泉では看板のデザインを統一するなど地域一体のブランディングを行っている。
【写真3】冬季に行っている「湯あかり」ライトアップ。球体状の「鞠灯篭」約300個と、筒状で高さ2mほどの「筒灯篭」を、自然の景観に溶け込むように配置している。

業種単位でセミナー

内容充実のため本支店で協力する

「商工中金は黒川温泉観光旅館協同組合より出資をいただいています」。当時、熊本支店で同組合を担当していた伊藤裕太氏はこう説明する。商工中金は中小企業による中小企業のための金融機関。お客さまの課題解決のため、何かサポートできることはないかと組合を訪ねたのが2021年の秋。初対面の時に3時間ほど話をして、代表理事の熱量と真剣な姿勢に感銘を受けたのが、今回の取り組みの始まりだったという。

伊藤 裕太 氏
商工組合中央金庫
熊本支店(当時)
伊藤 裕太

組合との対話を経て伊藤氏がまとめたレポートは「Value Up レポート」と呼ばれており、取引先の強みや課題、さらには今後の展開まで含めて記されている。黒川温泉のレポートでは、コロナ禍での変革期にあたって必要な改善策などが記されており、その中には財務面での基盤確立といったテーマも含まれていた。組合から財務などを勉強するセミナー開催がもちかけられたのも、そうした問題意識を商工中金が理解していたことが背景にある。

「最初は熊本支店独自で勉強会を開くことも考えましたが、内容を充実させるために本部に相談しました」と伊藤氏は経緯を説明する。黒川温泉の若手経営者に対して経営に関する知識を高めてもらうのがセミナーの狙いだったため、旅館業に特化したマーケティングと、財務に関する基本的な知識をテーマに開催することになった。

染川 史年 氏
商工組合中央金庫
経営サポート部 コンサルティング室
クレジットオフィサー
染川 史年
伊藤 裕太 氏
商工組合中央金庫
熊本支店(当時)
伊藤 裕太

一方的な講義だけでなく議論も

この要望を受けて対応したのが、経営サポート部コンサルティング室の染川史年氏と鈴木高弘氏。個々の旅館の経営改善といった業務が多かった染川氏にとって協同組合単位のセミナーは初めて。将来の経営者となる若手のサポートという観点で、「利益水準はどのくらいが適切か、売上高を上げるために部屋の稼働率をどう引き上げ、また一室当たりの単価をどう高めるかといった、旅館ならではのチェックポイントを話そうと考えました」(染川氏)。経営資源に限りがある中小企業にとっては、今ある資源を生かしながら仮説を立てて経営に取り組む必要があるだけに、こうした視点の重要性を伝えようとしたという。

染川 史年 氏
商工組合中央金庫
経営サポート部 コンサルティング室
クレジットオフィサー
染川 史年

鈴木氏が焦点を当てたのは管理会計。「経営者の意思決定において管理会計の知識は重要ですが、手薄になりがちです」と、鈴木氏は背景を説明する。具体的には変動費と固定費に基づく損益分岐点分析の使い方、予算立案と実績の把握、そして経営理念から具体的な行動を数値目標まで落とし込む「バランスト・スコアカード」まで言及した。

実際のセミナーに際して必要になったのが難易度の変更。伊藤氏は「1回目は私が思ったよりも難しかったので、2回目以降は少しレベルを調整してもらいました」という。ただそうした工夫の効果はあったようで、3回目の開催には上の世代から参加者が出るなど、経営者たちに関心を持ってもらうことに成功したという。セミナーを開催した側からも「一方的な講義ではなく議論する時間も取ったので、いろいろな経験ができた」と染川氏。

商工中金はさらにこの経験を生かし、各地で業種単位のセミナー開催を計画し、一部では実際に開始している。環境が大きく変わる時代にあっては旅館業に代表される中小企業でも変わっていくための対応が求められている。その際に商工中金は「一緒に考えていくパートナーとして企業の未来を支えていきたい」(染川氏)と考えている。

写真4
【写真1】黒川温泉の強みや課題をまとめた「Value Upレポート」とセミナーの資料。
【写真2】打ち合わせを行う染川氏と伊藤氏。
【写真3】商工中金熊本支店。商工中金は都道府県ごとに店舗があり、地域事情に即した相談ができるのが強みだ。

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