音成 貴道 氏
合計30の旅館を経営する25人のオーナーで形成する黒川温泉観光旅館協同組合は、設立して60年を超える。歴史を積み重ねた結果、最近では3代目に当たる人材が次第に各旅館の経営に携わり始めたところ。九州でも有名な秘湯の1つとして、インバウンドの観光客をはじめコロナ禍前は多くの観光客がひっきりなしに訪れていた。
各組合員とも多忙な中、特に忙しく働く旅館の若手経営者がなかなか経営を勉強する機会を得られないことを課題に感じていたのが、協同組合の音成貴道代表理事。自身はしばらく外に出て違う仕事を経験し、例えば「損益分岐点分析とは何か」といった財務知識も持っていた音成氏は、黒川温泉の将来を担う若手たちも経営を学ぶ機会が必要ではないかと感じていた。
音成 貴道 氏
そんな時、2021年秋に同組合を訪れたのが、商工中金熊本支店の伊藤氏。最初に話をしたときは「普通の印象」(音成氏)しかなかったが、その後で伊藤氏が黒川温泉の課題をまとめたレポートを見て考えを改めた。「事実を調べてまとめただけでなく、そこに自分でも考えていたが口にはしていなかった視点や、新しい戦略が書かれていたのが印象に残りました」と、音成氏は話す。そこで伊藤氏に頼んだのが勉強会の開催。全国組織である商工中金にはホテル旅館業界に詳しい人材もいると聞き、ぜひ実例も含めてセミナーを開催してほしいと相談した。
後藤 麻友 氏
穴井 実沙 氏
実際にセミナー開催にこぎつけたのは2022年6月。財務と旅館業ならではのマーケティングという2つのテーマについて、9月まで3回に分けて3時間ずつセミナーを開催した。特に40代の若手を中心に、多い時には15人ほどが参加した。
穴井 実沙 氏
最近、本格的に経営を学び始めたという「お宿のし湯」の若女将、穴井実沙氏は、旅館向けのセミナーと聞いてぜひ受講したいと考えた。会計の初歩から予算の立て方、分析について学んだことを生かし、これから自社の経営計画書を作ろうと考えている。協同組合の研修部を担当している「旅館 山河」の若女将、後藤麻友氏も「家業を継ぐに当たって自社の経営の特徴を理解したい」と考えてセミナーに参加。観光のトレンドだけでなく財務面からも考えるきっかけとなり、さっそく季節に合わせた料金設定などに知識を生かしている。「参加者の中にはためになったという人も、難しくてパンクしそうだという人もいましたが、こうした視点が大事だという気づきのきっかけになったと思います」と音成氏は満足そうに話す。
後藤 麻友 氏
セミナーだけにとどまらず、協同組合ではこれからさらに商工中金との協力関係を広げていくことも考えているという。音成氏が検討しているのは、黒川温泉共通のレストランの開設とそれに伴う「泊食分離」の実施だ。旅館業の大きな課題の中には人手不足もある。地域で連携して黒川温泉ならではの食事を提供できる施設を作ることができれば、各旅館の抱えるそうした課題の緩和にも役立つだろう。「組合員の中にはまたマーケティングの話を聞きたいという声もあります。これからも商工中金とはいろいろな面でお付き合いしていければと考えています」と音成氏は話している。
【写真2】黒川温泉では看板のデザインを統一するなど地域一体のブランディングを行っている。
【写真3】冬季に行っている「湯あかり」ライトアップ。球体状の「鞠灯篭」約300個と、筒状で高さ2mほどの「筒灯篭」を、自然の景観に溶け込むように配置している。