後編“信頼”のその先へ
同族経営からの脱却、そして未来へ
商工中金とともに取り組んだ、
未来を見据える成長戦略
中小企業の事業承継は、単に社長の椅子を誰に渡すか、という問題にとどまらない。株式が分散し相続が重なれば、会社と直接の関係を持たない人が株主になることもある。経営の後継者が決まっても、所有の問題が残れば、会社の安定を揺るがしかねない。
外部環境が大きく変化する局面をともに乗り越えてきた井上定と商工中金は、2015年、持株会社設立と非同族承継に取り組んだ。それは後継者不在への対処にとどまらない。当時社長だった井上和雄会長が入社以来温めてきた「同族経営からの脱却」を、組織と所有の面から形にする試みでもあった。
数十人の株主と、
迫る相続の連鎖
2010年代に入ると、井上定は事業承継の課題に直面していた。創業家に後継者候補がいなかったこと、さらには株主の分散も問題だった。井上定の株式は創業家以外にも、元役員や元社員ら数十人に分散していた。株主が高齢になれば、相続が発生する。実際、元役員の株式がその息子へ相続され、会社が対応を迫られる事例も生じていた。
当時、総務・財務本部長として事業承継に携わった芳原邦光専務取締役は、株主の構成を再確認し、株式譲渡について、株主本人と面識ある井上和雄会長(当時社長)が自ら交渉できるうちに動くべきだと考えた。
「当時、井上会長(当時社長)のほかに数十人も株主がいて、すでに相続も起きていました。皆さんお年を召していたので、今後もずっと発生します。会長が面識のある株主の方々がご健在のうちに動く必要がありました。『社長が直接交渉しないと無理ですよ』とお話ししたことを覚えています」
具体的な取り組みは2014年ごろから始まった。商工中金は事業承継に詳しい税理士を紹介。井上定はコンサルティング契約を結んだ。社内では井上会長と芳原専務を中心に、専門家を交えて株主構成を整理するスキームを検討。分散した株式を持株会社が取得するための資金は、商工中金が支えた。
「株式を買い上げるには、資金も必要。株主の皆さんにも理解いただかねばなりません。そのため、私の持ち分もホールディングスに買い上げてもらいました。売却時期については慎重な意見もありましたが、自分のお金云々ではなく、将来にわたり経営権の円滑な承継を可能とする体制にしていくには、どこかで節目が要ると考えたんです」
井上会長は当時の思いを振り返る。
入社時からの思い
「同族経営からの脱却」
この考えは、持株会社化を検討したときに生まれたものではなかった。井上会長が入社当時、会社の経営判断は創業者に集中していた。決断は早い。しかし、その中心だった創業者の急逝によって、代わって判断する組織がないことがあらわになった。
「同族経営から脱却したいと思っていたのは、入社当時からです。初代がすべてを判断していましたから、話も結論も早く、揉めごともありません。商いをするのに、これを超えるものはないとさえ思ったんですが……。ただ、その人がいつまでも生きているわけではありません」
井上会長は、同族経営そのものを否定しているのではない。自らも創業者の側にいる。だが、社長は一人でも、社員は大勢いる。社員のモチベーションを上げることが経営の原点だと考えれば、一人や一族の判断に依存したままではいられなかった。
2015年11月、持株会社設立。井上定株式会社はホールディングス傘下の100%子会社となった。株式は井上和雄会長自身の持ち分も含めて持株会社に集約し、翌2016年4月、井上和雄氏は社長を退いて代表取締役会長となった。次の社長には社員出身者が就任。その後も社員のなかから次の社長が選ばれている。井上定は、創業家の血縁ではなく、経営を現場で担ってきた人材へ社長職を渡す道を選んだのだ。
残したかったのは
「井上定イズム」
事業承継の検討中には、第三者へ会社を売却する道もあり得た。遠回しな打診もあったという。それでも井上会長が残したいと考えたのは、創業以来の企業文化だった。
「お金や株に対する欲はありませんでした。この会社の創業以来の社風、いうなれば『井上定イズム』を残したかった。これが残せるのであれば、お金など多少は犠牲にせざるを得ない。井上定にとってもっと大事なのは、社員のモチベーションなのです」
そのイズムを、井上会長は「社員が楽しく働き、仕事を面白いと思えること」と説明する。背景には、井上会長が父を亡くしたころに聞いた「人生の目的は楽しさを満たすこと」という言葉がある。自分が楽しく生きるには、まず社員が楽しく働いていなければ、経営者にも返ってこない。だからこそ、仕事を面白くし、人が知恵を出せる仕組みをつくる。会長はそれを「経営の基本中の基本」と表現する。
もちろん、理念を掲げるだけでは意味がない。社員が経営を自分の問題として考えるようにはならない。そこで井上定は、各拠点の売上、経費、利益などが見える独立採算の仕組みを整え、数字を社員に公開してきた。各自の仕事が、会社のどういう部分に貢献しているのかがわかるようにするためだ。
「決算を公開して、社員それぞれに責任も感じてもらう。次に、権限を譲る。最後にビジョンを共有する。この3つができる会社にしたいと、今でも思い続けています」
独立採算、決算の公開、そして権限委譲。これらはすべて、事業承継以前から進めてきたものだ。持株会社化は、井上会長が長年続けてきた「同族経営からの脱却」という方向性を、組織という面で形にしたものだった。
堅実に、でも大胆に。会社を変えていく次の取り組み
現在の井上定を、商工中金の担当者は「堅実だが、保守的ではない会社」とみる。事業承継後も改革の手を緩めない点が、その見方につながっている。一例が、2023年に実行されたポジティブ・インパクト・ファイナンス(以下PIF)である。企業活動が環境、社会、経済に与える影響を分析し、目標を定め、進捗を継続的に確認する伴走支援型の融資だ。
井上定は、再生可能エネルギーの利用や働きやすい職場づくりなどをKPIに設定。姫路店では太陽光発電設備や倉庫の遮熱対策に取り組み、人的資本の面では、商工中金グループの「幸せデザインサーベイ」を人事施策の検討に生かしている。アニバーサリー休暇など、働きやすさを支える制度も設けられた。個々の施策を単純な因果で結ぶことはできないが、環境と働き方を経営課題として捉え、目標を外部と共有しながら改善する動きは進んでいる。
商工中金東大阪支店の宮川誠支店長は、事業承継とPIFを同列には捉えない。そのうえで、いずれも資金の提供だけではない支援だと語る。
「事業承継は事業継続性、その後の成長に資する取り組みです。PIFは、今後企業として必要になってくるサステナビリティの取り組みを支えるものです。商工中金として、お金だけではなく、企業が成長するもの、今後社会として必要になるものを総合的にご提案していきたいと思っています」
「経営の一線からは退いた」と話す井上会長も、新しいことに挑戦し続ける姿勢を求めている。試みがいつも成功するわけではない。それでも挑戦を続けなければ、会社の中に新しい空気は生まれない。
「世の中の変化は早いです。毎月、毎年、新しいコトをやっていてこそ、そこに追いつけます。うまくいかなくても、挑戦を繰り返すうち、会社の中に新しいことへ挑戦する空気が生まれる。そうなれば、しめたものです」
井上定と商工中金、2つの「90周年」とその先へ
近年、井上定はM&Aを通して非住宅分野へも事業を拡大している。商工中金側は、買収候補の提案やM&A専門部署との連携、新しい金融サービスの提案を今後の支援として挙げる。全国の支店網と、M&Aの情報を集約する専門部署を生かし、井上定が次に挑む地域や事業領域を支えていく考えだ。
そして現在、担当者として井上定をサポートするのは、商工中金東大阪支店の木戸美月だ。2024年4月に営業担当としての第一歩を踏み出して以来、井上定を受け持っている。相談事があればすぐに連絡をもらい、取引先が集まる会合では、井上会長の話を聞く機会もあった。
「取引先の方々が集まる会合にはいつも井上会長にご参加いただきますし、資金ニーズだけでなく、さまざまなご相談をいただきます。井上定さまには、商工中金を大切に思っていただけていると感じています」
さて、井上定と商工中金との関係は、融資を始めとする取引だけでつながってきたわけではない。井上会長が37~38歳のころ、商工中金の取引先である若手経営者が集まる「ユース会」で、東大阪の初代代表幹事の1人に指名されたことも、その後の関係を深めるきっかけとなった。そこで出会った異業種の経営者たちは、80歳を超えた今も、互いを当時の愛称で呼び合う仲間だという。
「ユース会の代表幹事に指名いただいたことは、私にとって大きな人生の勉強になりました。いろいろなことを語り合った仲間とは、今でも気軽にあだ名で呼び合っていますよ」
取材の終盤、井上定と商工中金の関係を振り返る中で、取材者は井上会長にこう尋ねた。
「商工中金との付き合いがなければ、今の井上定の姿はなかったかもしれない。大げさにいえば、そういうことでしょうか?」
井上会長は間を置かずに答えた。
「そう思いますね。私も、その通りだと思います」
当時は、事業内容が良くても、資金調達に行き詰まり、独立した経営を続けられなくなる会社もあった。井上会長も、そうした企業を間近に見てきた。だからこそ、この答えには重みがある。
「私たちも中長期の夢を描いています。商工中金さんも、中長期で私たちを見ていただいている。そのスタンスが変わらない限り、この関係はなくならないと思います」
和歌山店への融資から始まった関係は、外部環境の急変への対応、事業承継、PIF、M&Aへと領域を広げてきた。企業の課題が変われば、金融機関に求められる支援も変わる。両社が守ってきたのは、同じ関係のかたちではない。課題が生じるたびに対話し、その時々に使える手段をともに探す姿勢である。その積み重ねが、半世紀余りの関係をつくってきたのだ。
2026年、井上定と商工中金は、ともに90周年を迎えた。だが、これは歩みを振り返るためだけの節目ではない。次にどのような変化が訪れても、対話を重ね、新たな答えを探していく。両社が積み重ねてきた半世紀は、いま、次の両社100周年、さらにその先へと向かう新たな出発点となる。





